Hikma
Pharma USA v. Amarin Pharma:
2026年度初の合衆国最高裁が受理する知財関連の事件
2026年1月16日(最高裁審理を決定)
Hikma Pharmaceuticals USA Inc. v. Amarin Pharma, Inc., No. 24-889
先発企業の特許で保護された用途(CV indication)をFDA申請時に除外し(スキニーラベル)、承認されたジェネリック医薬品を製造・販売する行為に対してジェネリックが「誘因侵害(35 U.S.C. §271(b))」の責任を負うのか?言い換えると、米国最高裁が審理するのは、『法律に完全に従って作られたジェネリック医薬品(FDAに申請し、所定の手続きを経て承認されたジェネリック医薬品)が、市場の仕組み上、結果的に特許用途にも使われてしまう場合、その“結果”までジェネリックの責任にできるのか?』
Summarized by Tatsuo YABE – 2026-01-24
■ 下級審(CAFC)で問題となった特許:
US 9,700,537 (537特許):US 10,568,861 (861特許)
■ 権利者:Amarin Pharma
■ 被疑侵害者:Hikma Pharma(ジェネリック)
本件で問題となっている537特許および861特許はいずれも、VascepaTM(バスセパ)の心血管リスク低減(CV
indication)に関する方法特許であり、高トリグリセリド血症(SH indication)に対応する特許ではない。SH indicationに関する特許は、先行するネバダ訴訟においてすでに無効とされている。したがって、Hikma(ジェネリック)のFDAに申請したスキニーラベルはSH indicationのみを記載しており、CV特許(CV indication)をラベルから除外していることを意味する。
SH indication は「脂質異常そのものを治療する用途」、CV indication は「心臓・血管の重大イベントを予防する用途 (537特許・861特許がこの用途をカバー)」であり、後者の方が医学的・商業的インパクトがはるかに大きい。
VascepaTM:高純度エイコサペンタエン酸(EPA)エチルエステルを有効成分とする処方薬で、主に非常に高い中性脂肪(トリグリセリド)値を下げる目的や、心血管疾患のリスク(心臓発作、脳卒中など)を減らす目的で、食事療法やスタチン(コレステロール低下薬)と併用される。
[1] 本件の核心的な争点:
争点は一言で言うと:
特許で保護されている用途(CV indication)を明確にラベルから除外したジェネリック医薬品(スキニーラベル)を製造・販売する行為は「誘因侵害(35 U.S.C. §271(b))」の責任を負うのか?言い換えると、米国最高裁が審理するのは、『法律を遵守し作られたジェネリック医薬品が、市場の仕組み上、結果的に特許用途にも使われてしまう場合、その“結果”までジェネリックの責任にできるのか?』
より具体的には、
ここで問題になったのが:
ラベルでは何も言っていないが、「これはVascepaのジェネリックで、AB評価である」と言うだけで誘因侵害になるのか?
[2] 薬学以外の方へ(用語の意味)
◆ 「ラベル」とは?
ここでいう「ラベル:label」とは薬の容器に貼ってあるラベルではなくFDA(米国食品医薬品局)によるLabelを意味し、医師・薬剤師向けの公式添付文書を意味する。先発企業の薬のLabelに詳細な効能・効果・投与量・注意事項が記載されている。同様にジェネリック薬のラベルにも同様の説明が記載されている。
◆ 「スキニ―ラベル」とは:
複数用途のうち、特許で保護されている用途だけをラベルから削除したジェネリック医薬品の表示を意味する。但し、「どの用途を削除した」という記載をする必要はない。(英語で「スキニー」とは痩せたという意味、すなわち、何かを削除している)
◆ 法律的背景(Hatch-Waxman法:1984年)に
◆ AB評価とは? FDAは以下を確認し、ジェネリックはブランド品に対しAB評価であると判断する。即ち、ジェネリックの申請を許可する。
[3] なぜ問題が起きるのか(制度的な“地雷原”)
現実の医療現場では…
その結果、現実社会では、ジェネリックが、非侵害の用途ではなく、特許された用途(例えば用途2)で使われるのは「制度上ほぼ不可避」となる。しかしこれは、ジェネリック会社が「勧めた」からではなく、寧ろ規制と市場構造がそうさせているという点が重要である。
[4] CAFC(連邦巡回控訴裁)の判断の問題点
CAFCはジェネリックHikmanの行為は271条(b)項の誘因侵害を構成する(地裁判決を破棄する):
[5] Solicitor General(米国政府)の立場
米国政府は CAFC判決を明確に批判している。主張の要点は:
1.特許直接侵害の実行者(第三者)が存在すること;
2.誘因者(被疑侵害者)が 特許を知っていること;
3.特許方法の実施を 積極的に促す行為(広告、マニュアル、指示など)があること。
[6] 最高裁判決の予想
最高裁の2011年のGlobal判決の法理(誘因侵害の成立要件を判示)によって、特に要件3(侵害行為を積極的に促す)を満たすハードルがかなり高くなった。よって、この法理に準じ判断すると、誘因侵害は成立しない可能性が高い。すなわち、Global判決の判例法に従うと、Hikma(ジェネリック側)が勝つ可能性が高いと予想される。しかし、FDA申請時のスキニーラベル制度(特許されていない用途での申請を許す)によって、FDA承認後にジェネリック薬が世に出ると、ジェネリック薬の使用用途に制限を加えることにはならないという現実的なジレンマが生じる。この点に関して、最高裁は司法としての限界を説示し、立法府に何らかの対策を考じるべきであるというような判決になるのではないだろうか?
考察:
何故、本事件では271条(b)の「誘因侵害」を基にジェネリックを提訴したのか?
権利者がジェネリックによる侵害用途(用途2)への使用に対抗する法的手段は、実質的には271条(b)の誘因侵害に限られる。何故なら、ジェネリックは権利者の方法クレーム(用途)を実施していないので271条(a)項の直接侵害は成立しない(寧ろ、権利者の顧客でもある医師・薬剤師の行為が侵害となる)。271条(c)項による侵害を成立させるには特許を侵害する用途以外での使用がないことを権利者が証明しなければならない。ジェネリックは権利を侵害しない非侵害の用途でFDAの承認を得ていることから当然のことながら非侵害の用途に使用可能である。さらに、ジェネリックはParagraph IVによるANDA訴訟(「先発医薬品の特許は無効、あるいは、非侵害であると宣言しFDAに承認を求める」)を提起していないので、権利者は271条(e)(2)によるANDA訴訟の原告にはなれない。 故に、本事件のように権利者に残された唯一の法的な救済措置は271条(b)項による誘因侵害であり、誘因侵害の成立範囲をどう定義するかが、本最高裁事件の核心となっている。
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参考:
● ハッチ・ワックスマン法(1984年9月24日に成立)
ハッチ・ワックスマン法以来、ジェネリック医薬品の承認に必須要件であった治験データが不要となった。これ以来、ジェネリック医薬品の承認件数は飛躍的に伸びた。そしてジェネリックメーカーは莫大な治験経費を投ずることなくジェネリック医薬品を安価で市場に送りだすことができるようになった。
● 21 U.S.C. 355 – New drugs (スキニーラベルの根拠条文)
(j)Abbreviated
new drug applications
(1) Any person may file
with the Secretary an
abbreviated application for the
approval of a new drug.
(2)(A)An abbreviated application for a new drug shall contain—
(i) ,(ii),….(vii),
(viii) if with
respect to the listed drug referred to
in clause (i) information was filed under subsection (b) or (c) for a method of
use patent which does
not claim a use for which the applicant is seeking approval under this
subsection, a statement that the method of use patent does not
claim such a use.
● Global-Tech Appliances v. SEB S.A. (最高裁判決 2011年)
米国特許法271条(b)項による誘導侵害の成立要件は:
1. 直接侵害者の存在
271条(a)項による直接侵害が成立しない限りにおいて、271条(b)項の誘導侵害の責任を負うことはないと判示した。Limelight v. Akamai (最高裁判決 2014年)
2. 特許の存在を周知している
3.Actively Induces(積極的に促す)の解釈:
2011年のGlobal-Tech最高裁判決は271条(b)項による誘導侵害の成立要件を明示した。最高裁は下級審(CAFC)による271条(b)項を満たす基準、すなわち、「意図的な無関心(deliberate indifference)」を否定し、さらに高い基準「故意の無知(willful
blindness)」とした。なお、最高裁が判示した基準、故意の盲目(willful blindness)とは刑法で採用される悪質性のかなり高い基準であり、この基準(willful blindness)を満たすには2つの要件が必要である;(1)
被告が、ある事実(侵害)が存在する高度の蓋然性があることを主観的に信じていること、および (2) 被告が、その事実を知ることを避けるために意図的な行為を取っていることである。本判決により、「故意の盲目」の適用範囲が適切に規定され、無謀(recklessness)や過失(negligence)を超える水準のものである。この法理の下では、故意に盲目である被告とは、違法行為が存在する高度の蓋然性を確認することを避けるために意図的な行為を取り、ほとんど実際に重要な事実を知っていたと言って差し支えない者をいう。
● Paragraph IVとは?
21 U.S.C. 355(j)(2)(A)(vii)の中の4番目のParagraph
ジェネリック医薬品が「先発医薬品の特許は無効、または侵害しない」と主張してFDA承認を求める制度であり、その提出自体が米国特許法271(e)(2)により擬制的な特許侵害とみなされ、承認前に特許訴訟(ANDA訴訟)を引き起こす。